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名古屋のいろいろ。

中日ドラゴンズがドベゴンズと呼ばれた時代。名古屋弁でドベの意味は?

2019年7月9日

「ドベゴンズ」という言葉、聞いたことがありますか?
聞き慣れない方も多いと思いますが、実は名古屋弁から生まれた野球ファンのユニークな表現です。

「ドベ」とは、名古屋弁で「ビリ」や「最下位」を意味する言葉。
つまり、「ドベゴンズ」とは、名古屋を本拠地とする中日ドラゴンズが、リーグ最下位争いを繰り返していた時代に、ファンや地域の人々から愛情込めて皮肉を込めて呼ばれていたニックネームなのです。

この記事では、ドベゴンズの意味や語源、最下位と呼ばれた背景について、1980年代~1990年代の思い出や当時の名選手たちのエピソードとともに解説します。
野球ファンはもちろん、プロ野球の歴史に興味がある方にも楽しめる内容になっています。

ドベゴンズの意味と語源

「ドベゴンズ」という言葉の由来はとてもシンプルです。
ポイントは以下の通りです。

  1. ドベ = ビリ、最下位
     名古屋弁で「ドベ」とは、物事で一番下、ビリを意味する言葉です。例えば、運動会やゲームで最後になった人を指すときにも使われます。
     この言葉がそのままプロ野球チームに当てはめられたわけです。

  2. ゴンズ = ドラゴンズ
     中日ドラゴンズの名前から「ドラ」を省略し、「ゴンズ」と残した呼び方です。
     つまり、「ドベゴンズ」とは直訳すると「最下位ドラゴンズ」という意味になります。

  3. いつ呼ばれたか
     1980年代後半~1990年代初頭、ドラゴンズは最下位争いに巻き込まれることが多く、ファンの間で冗談混じりに「ドベゴンズ」と呼ばれるようになりました。
     Yahoo知恵袋などでも、3年連続Bクラスになると「ドベゴンズ」と呼ばれることが多い、と解説されています。

このように、「ドベゴンズ」という言葉は、名古屋弁のユニークさと、当時のドラゴンズの低迷期を象徴する言葉として定着しました。
単なる侮辱ではなく、愛情とユーモアを込めたファンの表現なのです。

楽しかった1980〜1990年代のプロ野球。

僕が子供の頃、ドラゴンズはまさに「ドベゴンズ」の代名詞のような存在でした。
1980年代後半から1990年代初頭にかけては、最下位争いを繰り返す年が多く、ファンの間では冗談混じりで「またドベか…」なんて言葉が飛び交っていました。

でも、弱いからこそ楽しめた思い出もたくさんあります。

  • 宇野のおでこキャッチ(1981年)
     珍プレーとして今も語り継がれる、宇野選手の印象的なキャッチ。子供ながらに大笑いしたことを覚えています。

  • 奇跡のリーグ優勝(1982年)
     前年1981年は5位、翌年1983年も5位だった中での優勝。10歳だった僕にとって、この瞬間は衝撃で、まさに夢のようでした。

  • 10.8決戦(1994年)
     同率首位のチームが最終戦で激突するという、プロ野球史上初の試み。結果はもちろん注目でしたが、盛り上がった空気は今も覚えています。

当時の応援歌「燃えよドラゴンズ’82」には、田尾、平野、谷沢、宇野、中尾などの選手たちの名前が歌詞に登場。
この歌を聞くと、あの頃のワクワク感や、試合を観に行った興奮がよみがえります。

当時は巨人の原や篠塚、阪神の掛布や岡田、広島の山本浩二など、全国的に有名な選手たちも現役で、プロ野球自体が非常に盛り上がっていました。
ドベゴンズと呼ばれていた弱小チームでも、野球の面白さを存分に感じられた時代だったと思います。

 

ドベゴンズ時代を支えたマスコット・ドアラ

弱小時代のドラゴンズを支え、ファンに愛され続けているのがマスコットキャラクターのドアラです。
今では中日ドラゴンズよりも全国的に知名度が高いと言われるほど人気があります。

ドアラが人気の理由

  1. 愛らしい外見
     大きな目、ふわふわの毛、丸みのある体型など、子供から大人まで「かわいい!」と感じるデザインです。
     見た目だけでなく、表情の豊かさや仕草も魅力です。

  2. ちょっとドジで横柄なキャラクター
     試合中やイベントでよく失敗したり、少しふてくされたりする態度が面白く、ファンから親近感を持たれています。
     「頑張ってほしいけど、ちょっと憎めない」という絶妙なバランスが人気の秘訣です。

  3. グッズ展開とイベント参加
     ぬいぐるみやTシャツ、キーホルダーなど、ドアラのグッズは豊富で、ファンにとって身近な存在。
     球場イベントや地域イベントにも積極的に参加しており、チームの人気向上にも一役買っています。

中日ドラゴンズのマスコットキャラクター「ドアラ」は、1994年に誕生しました。背番号は「1994」で、その年の登場を象徴しています。

ドアラの誕生当時、1994年の中日ドラゴンズはセ・リーグで2位となり、69勝61敗の成績を収めました。この年、チームは開幕から首位を独走していた読売ジャイアンツに追いつき、最終的に同率首位となる「10.8決戦」に進出しました。しかし、惜しくも優勝を逃し、3位となりました。

ドアラは、名古屋の東山動植物園のコアラの人気にあやかり、コアラをモチーフにしたキャラクターとして登場しました。当初は注目度が低かったものの、徐々にファンの間で親しまれる存在となり、現在では中日ドラゴンズの象徴的なキャラクターとして広く認知されています。

ですがその後の長い低迷期において、ちょっとおまぬけなキャラクターのドアラは、まさにドベゴンズ時代の象徴とも言えるようになってしまいました…
でもチームの成績が低迷していても、ドアラを見るだけで試合が楽しくなる。名古屋らしいユーモアと愛嬌を体現したキャラクターです。

 

まとめ:ドベゴンズの歴史と現在

「ドベゴンズ」という言葉は、単なる最下位の意味だけでなく、名古屋弁のユーモアや、ドラゴンズファンの愛情を象徴する表現です。
1980年代~1990年代の低迷期、最下位争いを繰り返したドラゴンズ。しかし、その時代にも楽しい思い出や印象的な珍プレー、熱狂的な応援歌があり、野球の魅力は衰えませんでした。

  • ドベゴンズの語源は「ドベ(最下位)+ドラゴンズ」

  • 弱小チームでも、ファンは楽しみながら応援

  • 宇野のおでこキャッチや10.8決戦など、今も語り継がれる伝説的瞬間

  • マスコット・ドアラの存在が、低迷期を支え続けた

現代のドラゴンズも、順位の低迷が話題になることがありますが、ファンの愛情とユーモアは変わらず健在です。
ドベゴンズ時代の歴史を知ることで、今のチームへの応援もより深く、より楽しく感じられるはずですよね!

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